知人のAさんは、いくつかの仕事を掛け持ち、一年の多くを旅に暮らしている。
国外に出発する時、彼女は多くの人より二時間ほど早く、西新宿にある自宅を出る。そして新宿駅からJR山手線の外回り、時計回りに乗車する。搭乗フライトは羽田空港からの出発だ。新宿駅からなら山手線の内回りに乗り品川駅で京急線に乗り換えるか、中央線や地下鉄大江戸線で東京駅方面に向かい、そこから浜松町駅発の東京モノレールに乗るのが最短ルートなのだが。
羽田空港とは逆方向に向かう山手線に乗車すると、彼女はしばらく、そのまま車窓の外を眺めて過ごす。電車が浜松町駅や品川駅に到着しても、降車しない。そのまま外を見続け、一時間前に乗車した新宿駅さえも通過する。そして、環状線の二周目が半分を過ぎてから、浜松町駅か品川駅でモノレールか京急に乗り換えて羽田空港に向かう。
その奇妙な出発経路について彼女はいつも、「スイングバイですよ」と笑っている。
スイングバイは宇宙航法の一つで、「重力アシスト」とも呼ばれている。宇宙船を惑星に近づけ、その惑星の重力と公転運動のエネルギーを借りることで、速度を上げる——あるいは下げる——ことができる航法だ。
スイングバイを使えば、燃料をほとんど使わずに遠くの惑星まで進める。使う燃料が少なければ打ち上げ時も軽量だ。身軽で、できるだけ遠くまで行ける。
Aさんは、羽田から国外に出発する前に、東京の重力と山手線を使って、旅をするための速度を上げているのだろうか。考えてみれば、彼女はいつも身軽だ。荷物が極端に少ない。車窓から東京の重心を見納めて、できるだけ遠くへ——そう思って旅立っているのだろう。
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