Jun 9, 2026 Fragments 散文

搭乗ゲートで

by kkyam ·

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ピークシーズンは過ぎてしまったのだろう。搭乗ゲートはひっそりとしていた。アナウンスがときどき流れるが、それに反応する人も少ない。

一席開けた隣に誰かが静かに座ったのに気づいたのは、しばらくたってからだった。年齢が三十代後半か四十代と思われるカジュアルスーツを着た女性がいる。風貌や服装からは出身国や地域を言い当てることは難しそうだ。膝の上には大型のアタッシュケースが一つ乗っている。サイズの割には軽そうに見える。

私から話しかけたのか、彼女から話しかけたのかは、思い出せない。フライトのわずかな遅延がアナウンスとディスプレイで告知された前後のことだったはずだ。

「どちらまで?」と、出発遅延が旅程に影響する可能性があるのか、という意味で尋ねると、フライトの到着地が旅の目的地で、「普段からできるだけ乗り継ぎはしないようにしています。旅程の変更はできるだけ避けたいので」と言う。あまり聞いたことのないアクセントの英語だ。

自分の旅も急ぐものではなく、この遅延は影響しないと伝えた。そして、深い考えもなく「今回は仕事ですか?」と聞くと、女性は、「ええ。情報を届けることが仕事なんです」と少し笑った。

私は、それは「データを運ぶ」ということなのだろうと考えた。ペタバイトを超えるような巨大なデータは、高速の通信回線で送ろうとすれば数か月から数年かかる。人間が記録媒体を手で運ぶほうがはるかに速く確実だ。ECサイトのバックアップと顧客データ、大企業の組織と全事業のデータ、映像スタジオの撮影素材、石油探査船の地震波データ、電波望遠鏡の観測記録。そのようなものが人知れず、今日も、誰かのアタッシュケースの中に入れられて世界を移動している。そう、どこかで読んだことがある。

「メッセンジャー、のようなことですか」と私は言った。

「そうです。かつて羊皮紙に書かれた王の勅書を、馬を走らせて誰かに送り届けたのと同じですよ」

そのとき、搭乗開始のアナウンスが流れた。女性は「それでは」と短く言い、先に立ち上がった。アタッシュケースを両手でゆっくりと持ち上げ、ショルダーストラップを肩にかける仕草が印象的だった。

一人で搭乗の列に加わると、先頭近くに女性の背中が見えた。アタッシュケースの中身が何であるかは、わからない。尋ねなかったし、聞いたところで教えてもらえたかどうかもわからない。そもそも彼女がそれを知っているかどうかも定かではない。

おそらく、羊皮紙に代えて、合計で数百テラの容量になるHDDやSSDが入っているのだろう。情報を運ぶために移動する。それは人の歴史の中に絶えずあり続ける行為なのかもしれない。

着席して機窓から見える主翼の端で、ナビゲーションライトが何かのメッセージを伝えるようにゆっくりと点滅するのが見えた。